寛永通宝は、江戸時代に広く流通した通貨のことである。
寛永13年(1636年)に創鋳し、明治2年(1873年)まで製作された。江戸時代の銭貨としては、ほかに宝永通宝、天保通宝、文久永宝があるが、江戸時代を通して鋳造、使用されたのは寛永通宝だけとなる。
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昭和まで使用できた通貨
寛永通宝は当初は銅を用いて鋳造されたが、その後銅が不足するなどの理由で銅銭を作るのが困難になると、鉄を材料に製作された鉄銭や真鍮による真鍮銭が製作されるようになった。
江戸時代を代表する貨幣である寛永通宝であるが、実は寛永通宝のうち、銅銭と真鍮銭については新貨幣制度となった明治以降も補助貨幣として昭和28年まで有効であった。
つまり、法律上は昭和になっても寛永通宝は使用できたことになる。
寛永通宝の種類について
江戸時代の約230年に渡り製作された寛永通宝は、その発行枚数は、数百億枚におよび、その量は現在発行されている10円硬貨より多いと言われている。
大きく分けて2種類
寛永通宝は製作時期により、おおまかに古寛永、新寛永に区別される。また、古寛永の中には二水永と呼ばれる正式な寛永通宝が発行される前に作られたものがある。
二水永は、水戸の佐藤新助が江戸幕府と水戸藩の許可を得て1626年から鋳造を開始したもので、存在としては私鋳銭に近く、正式な貨幣として認められていなかった。
古寛永と新寛永
名前の由来は、銭に刻まれた寛永通宝の「永」の文字が漢字の「水」と「二」を組合わせて出来たものとして見えたことによる。
古寛永は、1636年から1659年までに制作された寛永通宝を指す。
幕府直轄の銭座のほか、全国各地で鋳造が行われた。
主な鋳造場所としては、芝(東京)、浅草(東京)、坂本(滋賀)、水戸(茨城)、仙台(宮城)、吉田(愛知)、松本(長野)、高田(新潟)、岡山(岡山)、萩(山口)、竹田(大分)、建仁寺(京都)、沓谷(静岡)、鳥越(東京)が知られている。
新寛永は、しばらく中止していた寛永通宝の鋳造が再開された1668年から明治となり、鋳造が中止されるまでの期間に製作された寛永通宝を指す。
様々な寛永通宝
この間、銅の不足から銅の含有量を減らしたり、鉄銭や真鍮銭の寛永通宝が鋳造されたり、と様々なバージョンの寛永通宝が製作られた。
また、新寛永についても、次第に鋳造場所が増えていき、佐渡(新潟)や京都、石ノ巻(宮城)、足尾(栃木)、大坂など全国十数か所で鋳造された。
さらに幕末になると、幕府以外にも盛岡藩、仙台藩、会津藩、水戸藩などが密かに製作していた。
このように寛永通宝は、約230年もの間に様々な経緯で製作されたことから、結果として何百種類もの寛永通宝が存在することとなった。
高額で取引される寛永通宝とは
江戸時代を通じて何百億枚製作された寛永通宝は、現在でも数多く残されているため希少価値が高いとはいえず、買取価格は1枚数十円にしかならないことも多い。
そのため、買取業者によっては買取の際に100枚といったまとまった数がないと買取を断る場合もあるようだ。
ただ、そんな寛永通宝でも発行枚数が少なかったり、現存数が少なかったりなど希少価値が高いバージョンは1枚でも高額で買取される。
次に、高額で買取される可能性がある寛永通宝について記載していく。
島屋文
新寛永の初期に作られた島屋文と呼ばれる寛永通宝は希少価値が高く、高額で取引されることが多い。
裏に“文”の文字が彫られていることから、その名前となった。表に彫られている寛永通宝の文字の「通」の右側上部分が「ユ」となっていることが特徴で、ユ頭通とも呼ばれている。
買取価格は、状態が良い場合で20万円~30万円となっている。
島屋文には、島屋文小頭通、島屋文細縁、島屋文広文などさらにバージョンが違うものがあり、こちらは島屋文よりさらに希少価値が高く、数十万円となることもあるようだ。
また、裏に“文”の文字が彫られていない島屋文無背というバージョンもあるが、こちらも希少価値はあるものの、“文”の文字が彫られている島屋文に比べればやや希少価値は下がり、買取価格は数万円となっている。
母銭
母銭とは、寛永通宝の鋳型を作る時の元となる銭のことを指す。
文字の太さが流通している寛永通宝、いわゆる通用銭より大きく、彫りが深いなどの特徴があるが、素人が見抜くのはかなり困難である。
母銭はバージョン毎に存在するが、通用銭ほど数量がないため希少価値は高く、通用銭の買取価格は低くても母銭は高額で買取される場合が多い。
買取価格はバージョンによって異なるが、数万円から数十万円となっている。
二水永
前述のように、古寛永の中でも最も古い寛永通宝となる二水永は、正式な通貨でなかったためか発行枚数があまり多くなかったことから、寛永通宝の中でも希少価値が高いものとして知られている。
買取価格は、状態が良ければ数万円となっている。
買取業者について
寛永通宝は数百種類ものバージョンがある通貨で、一口に寛永通宝といってもその価値は様々である。
前述の島屋文や二水永といった希少価値が高いものは数万円から数十万円と高額で買取されるが、市場にとても多く出回った通用銭は買取価格1枚数十円のレベルなため、買取を断る買取業者もいるのが実情だ。
しかし通用銭とよく似た母銭は通用銭とは違い希少価値があり、数万円から数十万円で買取される場合もある。
つまり寛永通宝を査定する場合は、時代、制作場所、性質、字体、文字の形、彫りの深さなど様々な点を確認した上で査定する必要がある。
寛永通宝に精通しているか
正確な査定を行うには、寛永通宝に関しての深い知識が求められる。
もし買取業者がそこまで深い知識をもっていなければ、価値がある寛永通宝でもその正確な価値を見抜けずに数十円と査定してしまう可能性もある。
そのため、寛永通宝に深い知識を持っている買取業者に依頼したほうがいいだろう。
査定は複数業者に依頼する
ただ、外から買取業者の能力を確認するのは難しい場合が多い。そのため、複数の買取業者に査定を依頼するようにしたほうがいいだろう。
そうすれば、ある買取業者で安く査定されても、他の買取業者で高く査定されることもあり、本当の価値を見抜けず安く買い叩かれることを防げる可能性が高まるといえる。
逆に、どの買取業者でも安く査定された場合は、所有している寛永通宝は希少価値がないものと諦めることもできるといえる。
買取業者を選ぶポイント
また、その他に査定を依頼する買取業者について注意するポイントもある。
買取実績は必ずチェックしよう
まず、買取実績が多いこと。
買取実績が多いということは、それだけ多くのユーザーがその買取業者に買取を依頼しているということなので高額での買取が期待できる。
また、買取実績が多い買取業者は、買取対象に対して深い知識を持っている場合が多く、寛永通宝についても正確な査定ができる可能性があるといえる。
サービス内容も確認は必須
次に、サービスが充実していること。
買取を依頼する際は、出張料や送料、査定料など様々な名目で費用が必要な場合がある。少額であっても積もり積もれば、無視できない費用となる場合もある。できればこれらの費用が安いところがいいだろう。
その他にも、手続きが煩雑だったり、問い合わせに対する回答が遅い、アフターサービスがないなど、思わぬトラブルになる可能性もある。サービスが充実している事は重要なことと言えるのだ。
おすすめの業者
これらを満たす買取業者の中でお勧めなのが「スピード買取.jp」である。
スピード買取.jpは、寛永通宝をはじめとする様々な貨幣の買取実績が豊富で、多くのユーザーから支持されている。
買取実績の一部をホームページに公開しており、買取実績がわかるようになっている。
買取にかかる費用はすべて無料であることを宣言しており、出張買取では最短30分で訪問するサービスや交渉がまとまれば、その場で現金で支払うなど、サービスが充実している買取業者であるといえる。
前述の寛永通宝の査定を依頼する買取業者の1つにスピード買取.jpを選択すれば、安心であるといえるだろう。
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