村山槐多は、22歳という若さで亡くなっている。作品の制作期間は5年足らずと短いために作品数が多く希少性が高い上に、受賞歴が多く将来を嘱望されただけあって、高価買取となる作品が多い。本記事では、村山槐多の基本的な情報を抑えた上で、査定のポイントや買取相場、査定実績、鑑定情報や買取業者の選び方について触れていく。美術品は、知識がないと足元を見る悪徳業者が少なくないため、ポイントは押さえておこう。
本記事のポイント
- 村山槐多は将来を嘱望されるも22歳で亡くなっている
- 億単位になる可能性があると言われている作品が存在する
- 専門家に依頼した方が良い理由は査定額だけではない

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村山槐多(むらやまかいた)とは
村山槐多(読み方:むらやまかいた)は、大正時代の洋画家である。1896年(明治29年)に、現在の愛知県岡崎市で生まれた村山槐多は、いとこで洋画家である山本鼎(やまもとかなえ)に影響され1914年(大正3年)に上京して、日本美術院の研究生として洋画を学んだ。
その後、第2回日本美術院で「カンナと少女」を出品し院賞を受賞。秋の日本美術院展で「乞食と女」を出品し、院賞受賞。その際に日本美術院院友に推挙されるなど、洋画家としての才能を開花させ、将来を嘱望された。しかし、1919年に結核性肺炎のため22歳という若さで夭折した。
また、村山槐多は、洋画家としてだけではなく詩人、作家としても有名で、村山槐多の死後、友人たちによって編集、出版された詩集「槐多の歌へる」、「槐多の歌へる其後」が知られている。
村山槐多の代表作
彼の作品は絵画だけにとどまらず、詩や小説など、多岐にわたる。有名なところで言えば、「庭園の少女」、「バラの少女」、「カンナと少女」などの女性を描いたものが多いが、「朱の風景」などの風景画も描いている。それだけでなく、自画像もいくつか描いている。
詩に関しては、絵画ほど有名ではないものの、「强盗」、『靑色廢園』、『新生』などの回覧雑誌を作成している。
小説は未完のものも多いが、短編「悪魔の舌」は、幻想・怪奇小説のアンソロジーなどに多く収載されている。絵画の場合には、無言館やおかざき世界子ども美術博物館、三重県立美術館などに収蔵されているので、足を運んでみるのもいいかもしれない。

村山槐多の作品の価値は
若くして様々な賞を受賞したものの道半ばで夭折した村山槐多の作品は人気があり、高額で取引されている。
村山槐多が手掛けた作品は、油彩、ペン画、木炭画、インク画などがあり、技法や作品の状態にもよるが、数百万円で取引されることも珍しくはなく、作品によっては数千万円もしくはそれ以上で取引されることもあるようだ。
また、彼の絵画が2019年に「開運!なんでも鑑定団」(テレビ東京系)に登場した際には、3000万円もの評価額がついたこともある。しかもこれはオークションでのスタート価格としての評価であるとの話で、実際には億単位になる可能性もあるとの言及もあり、それだけ価値のある存在である。
村山槐多の作品の価値を決めるポイントについて
独特の画風で人気のある村山槐多の作品は、作品数も少ないためか高額で取引されることが多い。しかし、作品の価値を決める要素は様々があるため、その要素を有していると、たとえ村山槐多の作品であっても作品の価値は下がる可能性がある。場合によっては期待したほどの価格で取引されないこともあるだろう。
ここに、村山槐多の作品の価値を決めるポイントについて簡単に記載していく。
村山槐多が手掛けた作品は技法に関わらず高額となることが多い
村山槐多は、22歳という若さで死去したため、作品の製作期間は5年足らずとかなり短いことから、制作された作品の数は少ない。そのため、高額で取引されることが多い油彩はもちろんのこと、デッサンなど、通常であればそれほど高額で取引されない技法の作品でも、村山槐多が手掛けたものであれば、かなりの高額となることがある。
リトグラフなど、村山槐多死去後に制作された作品もあるが、作品の価値という点では、村山槐多自身が手掛けた作品には遠く及ばない。
所有している村山槐多の作品は、どのようなものか確認をしたほうがいいだろう。

作品の状態は作品の価値に影響することが多い
高額で取引されることが多い村山槐多の作品であっても、作品の状態が悪い場合は、作品の価値は下がり、期待したほどの価格で取引されない場合もある。作品の状態は、作品の価値に影響することが多いためである。
作品の状態が悪い例としては、作品にシワ、折り目がある、作品が破けている、作品の一部がなくなる、湿気などによりシミやカビが発生している、日光のような紫外線を含む外光にあたることにより色あせが発生している、温度変化などにより絵具が乖離している、などがある。
これらは、作品が制作されてから長い時間が経過したことによる経年劣化により発生することもあるが、作品を保管する環境や取扱いが悪いことのより発生することもある。
作品の状態を悪化させて作品の価値を下げないためにも、作品を保管する環境や取扱いには十分に注意したほうがいいだろう。鑑定証は非常に重要
高額で取引される作品が多い作家となると、その作家が手掛けたと偽った贋作が流通することがある。村山槐多は、残念ながら比較的贋作が多く、取引には注意を要する作家として知られている。
贋作は、様々な手法で制作されるが、共通しているのは、村山槐多が手掛けたと偽っている限り、作品の出来には関係なく作品の価値は無いに等しい、ということで、取引中に贋作と判明した場合は、その取引が中止となるほどである。
もし、贋作とわからずに村山槐多の作品を購入した場合、取引に費やした費用は無駄になるだろう。数百万円、数千万円という大金をつぎ込んで取引した結果、ほとんど価値のない贋作だけが手元に残ることになるからである。
そのため、取引の際には、鑑定証が必要となることがある。鑑定証は、所定の鑑定機関が、これは村山槐多が手掛けた作品である、と鑑定したことを証明するもので、作品と鑑定証が揃っていれば、村山槐多が手掛けた作品として取引することができるといえる。
取引する前に所有している村山槐多の作品の鑑定証について確認をしたほうがいいだろう。鑑定証については、前述の所定の鑑定機関に依頼して、村山槐多が手掛けた作品と鑑定されれば取得することができるが、手続きが複雑な場合があるため、鑑定証の取得を代行する業者に依頼する方法もある。
村山槐多の作品を売却する場合について
村山槐多の作品を売却しようと思っても美術品の取引経験などがあまりない場合は、できるだけ専門家に取引を依頼したほうがいいだろう。
買取業者については、村山槐多の作品、もしくは村山槐多のように大正時代などに活躍した洋画家の作品の取引実績が豊富な業者、オークションであれば、専門家が対応するアートオークション、もしくは出品を代行するオークション出品代行業者などである。ヤフーオークションなど美術を専門とするオークションではない場を利用すると、トラブルになりかねない。
LINE査定に対応している買取業者
おいだ美術
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対策
おいだ美術は、公式サイトで査定無料と記載されている。査定方法はフォーム、メール、LINE、来店、郵送のいずれか。村山槐多の高い評価を受けている洋画家として、油彩画などの買取査定に力を入れている。
北岡技芳堂
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対策
名古屋を中心に、日本全国でLINEなどによる査定・出張買取を実施している北岡技芳堂は、ホームページで村山槐多の生い立ちや経歴を紹介している。加えて、同作家の作品を、同社のホームページでは高価買取すると記載している。
出張買取に対応している買取業者
古美術やかた
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古美術やかたは、老舗の骨董店。約80軒の古美術骨董店が軒を連ねる、日本ではトップの歴史ある京都祇園骨董街の中に位置する。1日100名近くの利用者がおり、店頭には2000点以上の買取りした古美術品を価格表示して小売販売しているという。東京・大阪を中心としているものの、全国対応しているようだ。
小川処堂
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対策
現在、2代目が買取を行っている小川処堂は、骨董品・絵画・美術品の買取・販売店。日本全国で買取、販売を行っており、査定料や送料はすべて無料である。サイトには、「村山槐多作品の高価買取を精一杯、がんばらせていただきます」と記載されている。
美術品は専門家に依頼した方が安心
美術品の取引においては、複雑な手続きや問い合わせ、もしくはクレーム対応のためには、美術品の取引に対する豊富な経験や美術品に関する深い知識が必要なことが多い。それらを持ち合わせている専門家であれば、スムーズな対応ができる可能性は高いが、持ち合わせていない一般人では対応は困難と考えられる。
また、前述のように作品数が少なく貴重な村山槐多自身が手掛けた作品を取引に出す場合は、各方面からかなりの注目を集めるのは想像に難くなく、一般人では対応はますます困難となるだろう。
専門家に依頼する場合は、相応の費用が必要な場合もあるが、安心して取引するためには、必要な費用といえる。